kekulè

2024/10/25 21:16


株式会社オーギュストケクレ 宇野 史恵




1.はじめに


「股ずれが痛いよ」.この言葉が,株式会社オーギュストケクレ(以下ケクレ)を立ち上げるきっかけとなった.「股ずれ」とは太もも同士が擦れ合い痛み,かゆみ,擦過傷(さっかしょう)など太ももに生じる不快な症状の総称である.近年,日常生活において健康な状態であることが生産性を高めることが広く知られることとなったため,特に医療分野では,健康増進のために様々な研究がなされている.当該分野での研究の多くはがんといった命に関わる疾患を優先的にテーマとして採用することが多く,直ちに命に関わる疾患とは判断しがたい股ずれは,研究テーマとして取り上げられることは少ない.

また,股ずれに悩む人が周囲への相談が困難な状況となっている.これは,股ずれ症状は足が太い人に生じることが多いことから,体型維持に向けた生活習慣の管理不足ではないか等,当人の努力不足との見られ方が存在することに起因する.更に,研究も盛んには行われておらず治療法も対処療法的なものに限られるため,一度患ってしまうと股ずれが治るまで耐え続けなければならない状況に陥りがちである.


股ずれ経験者30名に股ずれになったときの感想をアンケートしたところ,多くのネガティブな単語が散見された(Fig.1).股ずれは肉体だけでなく精神にも負の影響を及ぼすことが分かった.


そこで私は股ずれに悩む彼らの肉体的,精神的健康の増進に貢献したいという思いから,股ずれに生じにくい下着SURENAの開発を決意し実行に移した.SURENAの特徴は,蒸れやすい内もも部分の生地が二重となっている点である(Fig.2).





2.開発の着眼点


2-1 股ずれの原因に関するアンケート調査

股ずれは,内ももの肌がダメージを受けて生じると予想している.原因としては,べたつく生地の着用や歩行、ランニング等の運動といったアクティブな活動をすることで肌が擦れ合う頻度が高くなることが挙げられる.

実際,股ずれの原因について,股ずれ経験者に対して匿名アンケート調査を実施した際,「汗」「布地のもたつき」というキーワードが頻度高く見受けられた.布地のもたつきについては,太もも周りにもたついた布の襞(ひだ)があり,襞と肌が擦れあい,肌への刺激が高いと感じていることを回答者は伝えたかったものと考えられる.


2-2 市場の下着

聞き取り及びアンケートによると股ずれが起きる季節は主に夏であるため,市場に存在する既存の下着の多くは,営業活動やランニングを想定し吸水・速乾性の高さをアピールしており,薄い生地の採用が多いことに気が付いた.汗が素早く乾燥させることで,べたつきを軽減できる発想と考えられる.


2-3 着眼点(生理用ナプキン)

市場にある下着を着用しても股ずれに悩む人がいる.このことから,吸水・速乾性とは別の着眼点が股ずれ軽減には必要ではないかと考えた.

生理用ナプキンが血液を吸収しきれない場合,肌がべたつき,かゆみが生じることがある.そのため,生理用グッズは血液を素早く吸収し,肌側に血液を残さないことを目的とし,血液吸収層と肌に接する表面体の層に分かれている (Fig.3).そこで,股ずれにおいても汗を素早く吸収し,べたつきの原因である汗を可能な限り肌側に残さないように複数の層からなるクロッチの構造が重要と考えた.

生理用ナプキンの構造も股ずれ防止に有効と考えられたが,男性によるナプキンのようなグッズを定期的に取り換える作業は新しい文化の導入であり,直ちには受け入れがたいと考えた.そこで,取り換える作業の導入はせず,見た目は従来の下着と変わらない方針にすることとした.

ケクレの企画(SURENA開発)において,取り換え作業の導入はしないため,取り換えが前提となる吸収層材料は不採用とした.下着本体には,布ナプキンでも採用され,入手性が良く,吸水性の高さが広く知られている綿をSURENAへ採用することとした.


3. 生地の吸水性の違いが及ぼす影響の確認手法(摩擦実験)


股ずれが生じる状況を再現するため,皮膚の代替としてクラフト用の豚革を採用し, 汗を模した液体(以下人工汗液)を豚革にしみ込ませ,下着用の布地と擦り合わせる実験を行った.

布地には布ナプキンから着想を得た綿100%の生地と市販の下着に使用されている化学繊維を用いた.化学繊維の生地の組成は,次の通りである.ナイロン75%,ポリエステル15%,ポリウレタン10%(以下化学繊維とする).

比較時,綿100%の生地については,SURENAの構造を模して生地を二重にしたもの(以降綿二重)を採用し,化学繊維の生地については,市販の下着と同様生地は一重とした.

人工汗液の組成は次の通りである.NaCl (2.92g/L),CaCl2 (0.166g/L),MgSO4 (0.12g/L),KH2PO4 (1.02g/L).

生地を張りつけた電動ドリル(メーカ:RLIEF,型式:ROD-500K)を豚革に約230gの強さで押し当て,回転数は一定に安定する最低限の速度(約720回/min)となるように設定した.これは,最大速度での試行時に豚革が焦げ付き比較不可能となったため,豚革へのダメージを目視確認可能となる回転速度に調整した結果である.擦り合わせた時間は5分と10分である. 






4. 摩擦実験結果


5分間激しく擦り合わせた結果,化学繊維については全体的に豚革の毛穴がつぶれ,特に強い力がかかっていたとみられる部分については円形に黄色い表皮が削り取られていた(Fig.4)のに対して,綿二重の場合は豚革に力がかかっているとみられる部分に円形の凹みがみられるが,削り取られてはおらず毛穴や豚革の皺(しわ)も残っている(Fig.5).

10分間擦り合わせた結果,化学繊維については毛穴もつぶれ,豚革の皺がなくなり平らになっている(Fig.6).綿二重では毛穴が残り,5分後の結果と比較しても大きな変化はない(Fig.7).





5.股ずれの生じやすさを実験結果から推測


実験結果から,布地の材質によって汗で濡れた豚革が受ける影響が異なることが分かった.汗をかいた肌が化学繊維と擦れる状況では時間が経つにつれ肌への影響が大きくなる可能性が高い.綿二重の場合は,化学繊維と比較して肌への影響は小さく,時間経過による変化も見られなかった.これらの確認結果から,運動時等の長時間肌が汗で濡れた状態を継続する状況においては,綿二重の下着を着用して活動するほうが肌へのダメージが少ないと結論付けた.従って,綿二重の下着着用により股ずれが生じにくいことが示唆された.




6.SURENA(製品)の着用実験


布地の素材と構造の差異が股ずれの起きやすさに影響することが実験から導き出された.ここで,SURENAでも股ずれの起き易さについて股ずれ経験のある同じ被験者による着用比較確認を行った.

市販の一枚布でできた下着及びSURENAをそれぞれ着用し,長時間激しいスポーツを実施(6時間,テニス,大阪)した.市販の一枚布でできた下着着用時は最高気温22.4度,最低気温14.6度,降水量0.0mm,SURENA着用時は最高気温26.7度,最低気温19.7度,降水量0.0mmの条件であった.市販の下着着用時は股ずれの初期症状が確認されたのに対し,SURENA着用時は,市販の下着着用時より汗をかきやすい気温条件であったにもかかわらず,股ずれは起きなかった.

なお,「汗を吸収した重みは感じるものの肌側はさらっとしている」という声が得られた.

その他に,例年股ずれに悩まされている男性10人が6~9月の間にSURENAを着用したところ,着用期間中に股ずれは起きなかった.




7.ふりかえり


4.と5.の室内での実験及び6.の着用実験の結果を得て,綿二重生地を採用しているSURENAには股ずれリスクを低減する効果があることが確認された.生地が一重の下着の場合,汗の構成成分の水分は気化するがその他の成分が肌に残ることが股ずれにつながる「べたつき」の原因であるという仮説を立てられた.

生地が二重の下着の場合,汗の成分のほとんどを生地が吸収することができ,肌のべたつきが低減したのだろう.




8.特許


繊維製品の場合,衣服を解体すればすぐにコピー製品をつくることが可能となる.SURENAにはこれまで男性用下着になかった股下を二重にするという新しい構造を採用したが,SURENAの解体・模倣は容易である.そこでSURENA販売前に股下二重を包含する内容の特許を出願し,取得に至った.繊維業界において,特徴的な意匠のない製品については,知財が大きな財産になる.知財を活用することで他者との連携・協業がスムーズに働くことも多くなるだろう.




9.SURENA販売元ケクレとの連携・協業


下着を作るにあたり,採用する糸の種類の選定,縫製するか,無縫製とするか,生地の編み方等まだたくさん検討・チャレンジできる余地がある.そこで繊維産業の川上~川下と密に連携をとり,日本発の技術を深く理解していきたいと考えている.

股ずれはニッチな市場ではあるが、悩み解決を希望する顧客がいる.股ずれに限らず顧客のペインを解消するような製品の開発を進めていく予定である.そこでケクレに興味を持ってくださった会社様の協業・連携・工場見学を希望しております.

連絡先はプロフィール欄に記載しておりますので,お気軽に連絡をお待ちしております.




10.謝辞とメッセージ


世の中の股ずれに悩む方を減らすために,実験協力をしてくださったぽっちゃりの方々,そして愛する夫の協力のおかげで製品リリースを実現できました.

最後に,私の人生にジャイアント・インパクトを与えてくれた仮面ライダーOOOの迷言を.


「いけますって!ちょっとのお金と、明日のパンツがあれば」 (仮面ライダーオーズ,火野映司)




引用文献
1)「健康と労働生産性は相関関係」横浜市が事業所調査,2018年6月13日(水)公開 ;
https://www.kanaloco.jp/news/economy/entry-31567.html
2)平舩 寛彦,島村 剛史,上田 秀雄,沼尻 幸彦,小林 大介,森本 雍憲 (2004);人工汗を用いた放出試験による先発パップ剤と後発パップ剤の比較,医療薬学,30.